成都杜甫草堂
入場券:RMB0元
杜甫草堂は成都の西郊にあります。ここが一代の詩と言われる杜甫を記念するために杜甫草堂を建てました。唐代の大詩人杜甫は安史の乱を避けるために,759年の冬に家族を連れて成都に移り,親友の助けの下で浣花溪の畔に藁葺きの家を建てて4年ほど住んでいました。杜甫はここを[成都草堂]と名付けました。
最初の草堂はこんなに広くなかったので規模も小さかったのです。当時,杜甫が建てた藁葺きの家は丈夫なものでもなかったので,761年の秋に大風に吹き飛ばされてしまいました。その時杜甫が有名な[秋の風に破れられた藁葺きの家の歌]の詩が残ったのです。それ以後,何回も再建され,今の規模になったのは1500年と1811年の拡張工事を経てからのことです。当時のぼろい藁葺きの家はいま当然なくなり,代りに20へクタールもある記念の建物と庭園の機能を兼ね備えた一大観光地となりました。
最後成都の都市森林と呼ばれた杜甫草堂は有名な名所旧跡をとして園内には赤壁に挟まれた通路やうっそうとした竹林や梅林があり,池もあり,とても素晴らしい庭園です。竹林、通路などがあって当時、杜甫が悠悠自適の田園生活を過していたことが想像できます。西側にある建物は[恰受航軒]、東側のは[水竹居]があり,ここは杜甫の休憩のところです。これを見ると絵のような眺めと思わせるでしょう。この工部祠の東側に藁葺きのあずまやがあり,中に[少陵草堂]という4文字が刻まれた石碑が建っています。この少陵草堂はつまり杜甫草堂の本名です。昔の草堂というのはここです。この近くに小河があり,浣花溪といわれます。杜甫の詩の中に,[窓に含む西嶺の千秋の雪。門に泊まる東呉の万里の船]と描写していますが、最後の句は[1万里も離れた東呉の船が長江を伝って来て門前の浣花溪に泊まっている]という意味です。杜甫はここに4年近く住んでいましたが、この時期は生活が比較的に安定し、気持ちも落ち着いていたので、詩作に専念できたわけです。杜甫の詩文にもここの景色をよく表していたのでこの旧跡は詩文とつよい関係があります。それで4年の間に杜甫は生涯の4分の1ぐらいの詩をこの草堂で造ったのです。そのため、後の人はここを中国文学史上の聖地とも呼んでいます。
いま、この杜甫草堂には普段から杜甫をしのぶ人々がたくさん訪れ、特に旧正月の七日は観梅と慰霊の人たちでにぎわい、成都市内の有名な観光地となっています。
















