張家界民俗風情
張家界少数民族白族(バイ族)
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人口 159.48万人、
居住地域 主に雲南省大理ぺー族自治州に居住し、その他は雲南省各地と貴州省の畢節地区、四川省の涼山イ族自治州、湖南省の桑植県に分布している。80%以上は大理ペー族自治州に居住している
言語 白族の言語を使用し、この言語は漢蔵語系、蔵ミャンマー語派、イ族語分支に属し、南部、中部、北部の3つの地区の方言がある。白族の祖先は新石器時代から石器を使い自ら農業、漁業、狩猟を行って生活しており、とても発達した文明を築き上げました。
信条 白族は花と虫を信仰し、自然の中のもの、例えば、風、雪、花、月などをとても大切にする民族です。女性の頭飾りにはその部分ごとに色々な意味があり、飾りの一番上の部分は雪を表しています。横に垂れる白のヒモは風のイメージです。独身の女性の付けるヒモは長く、既婚者は短めになっています。飾りの赤の部分は花のイメージになり、飾り全体の形は月を表しています。
白族は長い歴史をもつ、文化が発達した民族である。白族の先祖はずっと前から洱海湖地区で生活していた。考古学的発掘が行われた蒼山洱海湖遺跡、海門口遺跡によって、新石器時代以前からアル海湖地区で生活していたことが明らかになっている。ぴかぴかに磨かれた石器を使い、簡単な農業、牧畜業、漁業、狩猟にたずさわり、穴居生活をおくっていた。2000余年前から金属の道具を使い始め、農業、牧畜業を発展させた。西暦2世紀に、漢の武帝が蒼山洱海湖地区に郡県を置いた。8世紀から13世紀頃まで、この一帯には前後してイ族、白族の先住民を主体とする奴隷政権南詔国と白族段氏を主体とする封建領主制政権大理国が現れた。90%以上の白族の人たちは農業に従事し、農業の発展レベルはかなり高いものであった。白族の人たちは自分たちのことを「白子」、「白伙」、「白尼」と呼び、その意味は白族の人たち、ということである。1956年に白族の人たちの願いによって、呼称は正式に白族と定められた。
白族のお祭りは“繞三靈”“石宝山歌会”“本主節”“遊海会”及び、“三月街”や“松明節”などたくさんある。
白族の伝統民居は井幹式住居、石造住居、院落式住居がある。
井幹式住居は日本でいう校倉造りで、実在する住居は少ないという。
石造住居は、農家に多く、その石材は、近くの川で採れた卵石とよばれるものでつくられている。
院落式住居は白族民居の中で一番多く漢風坊院とよばれている。漢風坊院は、白族の伝統居住と漢の時代の伝統住居を結合したもので、白族の漢化とあわせて形成されたものである。その住居の配置は三坊一照壁が多い。
照壁は白族民居の重要な構成要素であり、典雅がデザインが多い。



















